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●2007年3月17日(土)「現場」研究会討議記録

樋口昌樹氏を招き、今日の日本の文化行政における2つの大きな流れ(独立行政法人化、指定管理者制度)をふまえたうえでの、近年企業メセナが注目しているモデルや活動について、討議を行った。

テーマ:「アートマネジメントについて―企業メセナの観点から」
ゲスト:樋口昌樹(資生堂企業文化部)

(樋口氏の発表)

まず、今日の日本の文化行政における二つの大きな流れを紹介したい。ひとつは独立行政法人化、もうひとつは指定管理者制度である。文科省のレポートによれば、開館日・時間の延長などのサービス向上に工夫を凝らした結果、収入や動員の増えた美術館・博物館も多い。東博は平成館のロビーをパーティー会場として民間に貸し出すなど、積極的に活用している。その一方でコストの削減が進められ、経営状態が改善したことは確かである。しかしレポートでは金銭面の成果ばかりがクローズアップされており、美術館の本来的な業務である教育・研究活動についてのコメントは一切なされていない。
また指定管理者制度の導入により、一年契約の嘱託職員や非常勤学芸員、アルバイトの雇用が増えてきており、長い年月をかけて企画に取り込むことのできる人材が育たない懸念がある。学芸員は専門性を活かせず、収入面でも安定していない状況になってきている。

一方で近年目立ちはじめているのがNPO団体による活動である。芦屋市立美術館が2003年に市から民間委託か閉館かを迫られたケースにしても、最終的には有志がNPOを立ち上げ運営を受託した。また関東では、横浜市、豊島区の自治体が文化の推進に積極的な姿勢を示している。横浜のBankARTは様々な催し物を企画しているし、西巣鴨のアートネットワークジャパンは日本でおそらく最大規模のアートNPOである。
そのほか企業メセナ協議会や自治体が注目しているモデルとして、フランス・ナント市による文化的街おこしが挙げられる。映画祭や音楽祭の開催、工場跡地で行なう展示・公演などの充実により、衰退が著しかったナント市は今やフランスで一番住んでみたい都市に選ばれるまでに至った。

企業メセナは純粋に文化の普及を目的とすること、見返りを求めないことを強調するが、一方で「企業がサポートを行なう以上、メセナによってどれだけのメリットを得ることが出来たかをはっきり示すべきでは」という声も上がってきている。この流れを受けて、2000年以降はキリン・アート・プログラム、アサヒ・アート・フェスティバルなどの企業名を冠した「冠メセナプログラム」も増えており、「見返りを求めない」メセナから「成果が目に見える」メセナへの転換がはじまった。また、支援の方法として、NPO団体と協働するケースが増えつつあり、直接支援をするケースが減少する傾向にあるように見受けられる。

また地元との結びつきを大切にしている企業メセナも目立つ。会社のロビーを音楽会用のスペースとして解放したり、体育館を舞台稽古場として借り出したりするような活動が増えてきている。

企業がメセナ活動をする理由・基準をどう説明していくのか、例えば公での理解・認知が乏しい現代美術のようなジャンルを支援するのにどう説明づけるかに苦労している企業は多い。資生堂の場合は80年以上続くギャラリーがあるので比較的理解を得やすい環境にあるが、近年メセナ活動を始めた企業はどこも説明に苦慮している。企業メセナはある程度の年月を経てはじめて成果があらわれるもの。時間が経ってようやくメセナの活動について説明できるようになるのだろう。

(ディスカッション一部抜粋)

参加者1:コンテンポラリーダンス以外でメセナによって活動の場を広げることができたジャンルはあるだろうか。

樋口氏:マイナーなジャンルと言われ続けながらも、現代美術系の展覧会は徐々に数が増えつつある。おそらく企業メセナがコンテンポラリーな文化活動全般を下支えしているといってもあながち間違いではないと思う。
ダンスの場合、企業が支援できる範囲と彼らの活動の規模がうまくフィットした(割と少ない経費で公演ができる)という点も成功の要因のひとつだろう。

参加者1:NPO団体が絡んでなおかつ「質」も保持している過去の成功例はある?

樋口氏:小規模ながら着実な活動をしているNPOはいくつもある。アートのNPO団体は自発的に何かをやりたい人、目標がはっきりしている人が多く、企画能力はある。ただ経営などの実務面に弱点を抱えるケースがあるので、企業の経理担当者がアドバイスするなどの人的メセナを希望する声もあるが。

参加者2:ARDAというアートのNPO団体があるのだが、確かにやりたいこと自体はすごく明確だ。企業と関わりを持つNPOは今後増えていくだろうか?

樋口氏:増えていくと思う。

参加者1:メセナが文化にどれだけ貢献したかを示すため数値化する、この作業は具体的にどのように行われるのか?

樋口氏:動員数とか収入とか、計量化可能なものが中心となってしまう。マスコミの露出度を測るという手もある。しかしアートの価値は定量的に図るものではなく、本来定性的に図るものだと思う。だから例えば来場者アンケートなどはいつも参考にしている。専門家を入れて評価するか非専門家だけでやるのか、ここがいつも意見の別れどころだ。

参加者1:文化に対して非専門家の判断を持ち込み過ぎると、評価の信頼度が低くなる。

樋口氏:しかしアートを享受する側は圧倒的に非専門家が多い。コンテンポラリーなものは、専門家からは評価されても一般の人からは理解されないケースが多い。このギャップがそのまま企業内にも存在する。専門的な知識を有するメセナ担当者は理解できても、その上司が理解できないことが多い。このような非専門家の理解を得るには、やはり数値化できるデータが必要となる。例えばコンテンポラリーダンスがわからないという上司に、この15年間でこれだけメジャーなジャンルになったと示すことができれば、中身そのものは理解してもらえなくても支援する意義は認めてもらうことができる。そのためにはやはり時間が必要だ。

(記録/complex編集部)

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