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●2007年5月26日(土)「現場」研究会討議記録

テーマ:「美術と出版」
ゲスト:藤原えりみ(美術ジャーナリスト)

(美術専門誌だけでなく一般誌、美術教科書など幅広く活動するジャーナリストとしての立場から、藤原えりみ氏に美術ジャーナリズムの現場について発表して頂きました)。

●藤原氏のこれまでの仕事
1983年から5年間、雑誌〈みずゑ〉(美術出版社)の編集アシスタントをし、その後、雑誌〈BRUTUS〉(マガジンハウス)のアート担当者となる。美術ジャーナリストとしての活動を軸に、H・リード〈近代彫刻史〉(幻想社)やC・グルー〈都市空間の芸術ムパブリックアートの現在〉(鹿島出版会)、R・アスコット〈アート&テレマーティクスー新しい『美』の理論の構築に向けて〉(NTT出版)、M・ケンプ〈レオナルド・ダ・ヴィンチー芸術と科学を越境する旅人〉(大月書店)など書籍の翻訳、美術教科書(光村図書)などを手掛ける。


●〈BRUTUS〉誌の仕事について
BRUTUS(2007年4/15号)の特集は「西洋美術を100%楽しむ方法」。ちょうど国立博物館でレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」が展示されていたこともあって、ダ・ヴィンチとキリスト教美術をメインにした内容となっている。藤原氏はこの特集号に編集として参加。専門誌と一般誌の違いなどを巡って、現場研メンバーから藤原氏に質問が寄せられた。

Q:BRUTUSの仕事をするとき、想定している読者層はいるのか。戦略のようなものを考えているならば教えてほしい。
A:一般誌という雑誌の性格上、特定の読者層を想定して仕事をするということはない。ただBRUTUSの場合は、美術に対する関心を読者が持っているという前提の上で仕事ができるので、かなり自由に誌面作りができる。BRUTUSだからといって他の雑誌とやり方が変わるわけでもない。とはいえ、雑誌の性格によって読者層の設定も変わるし、背景にも違いがある。
例えば〈みずゑ〉は当時、美術愛好家や専門家が購読する雑誌であり読者層は限られていた。〈BRUTUS〉については、美術というよりも、もともと80年代に20代の男性をターゲットにしたライフスタイルマガジンとして出発している。重要なのは、雑誌の収益が実売ではなく広告収入であるという点だ。そのためどのようなクライアントがつくかが雑誌の性格に影響を及ぼす。例えば村上隆が過去に指摘したように〈美術手帖〉は美術大学や専門学校、予備校の広告で構成された教師と学生の為の雑誌。〈Art in America〉はギャラリーの広告で構成されていて、しっかりした評論を掲載する一方でアートマーケットとも結びついている雑誌。
〈BRUTUS〉についていえば、ファッションとの関わりが深い。ライフスタイルマガジンがなぜアートを特集し紹介するかといえば、よりハイクラスな(ファッショナブルな)ライフスタイルとして文化的なものを求める習慣があるからであり、アートを語れるというステータスがよりハイステータスな資本の流れと結びつくからだといえる。

Q:ダ・ヴィンチの特集は他誌でも盛んに取り上げられているが、他の媒体との差異化はどのように計っているのか。
A:この特集に限らず、BRUTUSで特集を組む時には、この媒体でしか出来ないことをやるように意識している。そうすれば、必然的に差異は生まれる。
〈BRUTUS〉では、毎号の美術欄での展覧会の情報だけではなく、まとめて美術特集を組むことができた。記事や特集を見てギャラリーに足を運んでくれる人がいるという手応えがあった。今、生きている人たちが何を見ているのか、何をしようとしているのか、好奇心溢れる読者層に向けて情報を放つことができる。特集担当の編集者や他のスタッフ達と、一緒におもしろがりながら仕事をすることができる媒体はなかなかないと思う。
例えば2001年に〈BRUTUS〉は奈良・村上の特集を組んでいる。二人が売れ始めて日本での個展が重なった時だった。当時、日本で二人への見識を持っていたのは松井みどり氏と椹木野衣氏しかおらず、それならばと、『なぜ奈良・村上が欧米で評価されるのか』を欧米のコレクター、キュレータ-、ギャラリストに聞いてまわった。そういう仕事ができるのはこの媒体だからこそだろう。


●雑誌づくりの現場から
(これまで関わられてきた仕事の体験談などをもとに、具体的な問題点など。)
Q:美術をヴィジュアル・カルチャーの全域へ向けて開いてゆく努力と、美術(フィギュラティヴ・アーツorファイン・アーツ)の特質をヴィジュルアル・カルチャー全体のなかで改めて捉え返す努力・・・・・これら二つの努力は、専門/一般ジャーナリズムにおいて如何に関係づけられているのか、また、関係づけられるべきなのか?
A:専門的な視点を押さえつつ、できるだけ分かりやすい文章やページ構成にしようと意識しているのは確かだが、この問いのような複雑で難しいことではないと思う。基本にあるのは、もっと多くの人たちに美術について知ってもらいたい、美術に関心をもってもらいたいという姿勢。文化状況は目には見えない力の動きに作用される。美術のステータス、資金力、キュレーター、コレクター、アーティストなど、アートに付着した様々な状況や人間の欲望の錯綜を承知したうえでなお、美術と向き合う意志をもった人々がアートを支えていくのだと思う。

Q:多様な媒体で活動しておられる立場から、その媒体間について実際に携わる中で感じておられる差異や可能性など、美術と出版の現場をどう捉えているか。
A:どの媒体と関わったとしても個々の性質が異なる以上、その性質に基づかざるを得ないため必ず差異は生まれる。そのため各媒体を比較することは難しい。ただ各々の雑誌や書籍自体の形態、厚み・形・大きさ、によって見せ方は大きく変わる。それは編集者の腕によってくるものだが、それについて努力する余地はまだある。

Q:多様な媒体や関わり方をして来られた経験談や、ご自身が関心を寄せていることについて聞かせてほしい。
A:視覚美術を取り扱うため美術雑誌というのは基本的に図版がないと成立しない。それもかなりの量が必要となる。それら一つ一つについて著作権など使用許可をクリアし、使用料を支払わなくてはならない。中には掲載料を請求されないものもあるが、限られた時間のなかで、編集内容のクオリティと、そうした実務的な作業の均衡を取るのが大変。
最近は美術館等がポジの管理を民間のアーカイブ管理会社に依託するようになってきた。それに伴い、使用料の値上がりや使用許可の申請にひと手間かかるようになった。また、経済状況が上向きになるにつれ、かつてのバブル期を予感させるようなアートへの関心の高まりも見られる。美術作品を取り扱う市場が活況を呈しつつあるのかもしれない。これから本格的な活動を開始しようとしている世代は、良いタイミングに恵まれていると思うが、その分、さまざまな誘惑も多くなるので、自分自身の立ち位置や何に取り組みたいのか、見極める必要があると思う。
個人的には、最近の関心は「身体の遍在」や「身体の視覚表象」にあり、美大では、西洋美術史における身体概念「ザ・ヌード」と「ザ・ネイキッド」に始まり、20世紀半ば以降のボディアート、ロボットやサイボーグ、医療技術の発達によって変わっていく現在進行形の身体までをテーマに講義を行っている。

(記録/complex編集部)

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