complex
mailto「現場」研究会について今月の「現場」研究会
archiveart scenepress reviewart reviewessaygenbaken reporttop

2011年11月

災害と美術――伊藤由美氏(神奈川県立近代美術館研究員)を迎えて

 

今回は、修復を専門にされている神奈川県立近代美術館研究員の伊藤由美さんをお迎えし、東日本大震災で被災した美術品の救出活動についてお話いただいた。

3月11日の震災では東北地方の多くの文化施設が被災をした。これを受けて文化庁は3月31日に正式に文化財レスキュー事業を発表。伊藤さんを含む国内の美術館、博物館の学芸員や修復家たちが被災地に相次いで集まり処置を行うための組織作りがなされた。

被災地での活動は全て手探り状態の連続である。
津波によって水を被った美術品の数々は、技法‐材料や被災状況によって破損の状態がまちまちで、それぞれに合わせた処置が必要となる。そもそも、美術品を、荒れた建物の中から安全な場所に搬出する為には、すべての作品を撮影、台帳記録をして、梱包するので、それだけで数日間を費やすこともあったという。
しかも、これらの作業は最初から最後まで完全に同じスタッフで行うのではない。スタッフは本来の職場の業務の傍らに出張扱いで来ることが多く、現地に滞在できる期間は限られている。相次いで入れ替わり現地入りするスタッフの平常のスケジュールに照らして、引継ぎが可能な状態にシフトを組むなど、作業を行う上で細かい工夫がなされた。

こうした現場での作業経験から、伊藤氏は組織力の大切さを痛感したという。
不測の事態が続出し、大勢のスタッフが、ひっきりなしに入れ替わる現場では、基本方針に対する信頼が無ければ作業に大きな支障をきたしてしまう。セキュリティー上も問題が生じかねない。こうした緊急事態においては、個々人が、ささいなプライドを捨てて組織的に行動することが大切なのだと・・・・主張されたことが強く印象に残った。

お話しをうかがいながら、もどかしい思いがすることもあった。レスキュー活動が、まず「ヒト」を対象とするのは当然として、その結果「モノ」が後回しになるようでは問題であると感じたのだ。「モノ」は、単なる「モノ」ではなく、その背後には必ず「ヒト」がおり、歴史がある(それゆえ、文化財レスキューにはプライバシーの問題も絡んでくる)。伊藤氏は、そのことを踏まえて、「モノ」を対象とするレスキュー組織の必要について、言葉少なに述べておられた。「モノ」を大切にする文化財保護の専門家として尤もな主張であると思う。あらためて、美術における「モノ」の大切さを思い知らされた。

 文化財レスキュー事業に関して、現在はHPなどで随時様々な情報が公開されており、写真などで具体的な作業光景を目にすることも多い。今回、伊藤氏から現場での体験をお話しいただくことで、こうした作業のひとつひとつに全て細やかな準備や配慮が行われていたことなどを具体的に知ることができ、大変貴重な機会となった。

inserted by FC2 system