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公開質問に対する回答 (2005年11月「現場」研究会での発表補足)

古田亮(東京国立近代美術館学芸員)

▼キム先生のご質問のひとつ目。帝展型といわれる作品傾向が現れたのは、「政府が美術界全体を統治」と「国家にとって健全な作品の制作」を目的として、鑑査審査の方法によって「作品の内容を制約」していたためではないか、とういうことに関しては、帝展以後の新文展の時期は確かに画題統制などもあり作品内容に規制があったことは事実ですが、帝展型のように入選を目的とした作品の傾向は、国家の論理というよりはむしろ市場の論理あるいは競争の論理が優先していた、ということをまず指摘しなければなりません。少なくとも審査員たちの意向によって「帝展型」が蔓延したわけではありません。

 ふたつ目の質問である、官展の作風変化につきましては、発表の中で――十分とはいえませんが――述べたつもりでおります。キム先生の質問の意図が、「政治的な変化」と「作風の変化」に何か具体的な関連があるかどうか、ということにあるならば、イエスでありノーでもあるというお答えしか出来ません。つまり、あらゆる作品は社会的、政治的、さらには個人的な背景をもって生まれてくるものであるからです。先生は「政治的に厳しくなる時代」という表現をつかわれていますが、これも新文展の時代についてはご想像のとおり、芸術の自由を制限する時代といってよいでしょうが、私の発表で取り上げた帝展期に関しては、作風の変化はあったものの、それが政治的変化によるものということは出来ません。

 三つ目の、旧派の存在意義と官展の評価の問題ですが、まず、院展離脱後の官展がすべて旧派であったわけではありません。旧派が官展作品の硬直化に関連があることは確かですが、旧派の伝統主義的作風が大衆に支持されてはいなかったことも事実です。日本の官展とは、旧派のためのものでもなく、さらに言えば国家にとって都合のよい「統治」のための制度でもなく、かといって芸術家の自由を伸ばし芸術の発展を促す理想の制度であったわけでもありません。この発表で、私は官展をひとつの見方で見ることの危険性を強調したつもりです。そして、何人かの画家の出品作品を紹介し、それが時代を切り開いていくような、したがって今日高い評価を得ているようなものであることを確認することで、官展のひとつの意義について語ったつもりでおります。

2005年11月5日 「現場」研究会討議記録

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