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2009年04月16日
「伊藤純代 秘め事」展

 現在、国分寺のギャラリーswitch pointで「伊藤純代 秘め事(森啓輔企画vol.1彫刻、何処でもない場所のカケラ)」展が開催されている。制作のモチーフとなっている子どもの玩具からは作家自身の幼少時における強い思い入れが伝わってくる。
 くまのプーさんのぬいぐるみを切り裂き、綿を抜き取り、作家がふたたび生地の部分のみを縫合することによって再構築している。内蔵にあたるワタ(綿/腸)を抜いたぬいぐるみの皮が展示されているのだ。ひとつは四角く構成された《square》、もうひとつは《イマジナリーな》と題され、行政区画の地図のようなかたちをしている。これらは、それぞれ壁に貼り付けられている。
 彫刻の概念からはほどとおいぬいぐるみや着せ替え人形という玩具を題材とし、構成目標に応じて素材から不要な部分を削り取るように、玩具から実用的遊具という機能を剥ぎ取り、刃物によって新たなかたちを形成し、再構築する。一見、乱雑に切り裂いているようにみえても、再構築される姿を予想しながら、切り刻んでいるのだとすれば、これは、まさしく彫刻家としての技だ。

 ギャラリーに入ってすぐ左手の壁に着せ替え人形9体分の頭部を切り開いて、ひとつに縫合した《a face》。金色のナイロンの髪の毛が複合化された顔面をたてがみのように縁取り、9つの顔面をひとつにかたちづくっている。
 また、ギャラリーの正面奥には、《mask girl》と題された3体の着せ替え人形がパンツ一枚の姿で立っている。3体とも頭部の中央を垂直に切り裂き、それを裏返しにした状態で縫合されており、金髪が縫合の隙間や首の節合部分から勢いよく飛び出している。なかにはモヒカン状態になっているものもある。


A

 縫合作業はすべて刺繍糸で行われている。刺繍針は裁縫用の針よりも太いので、縫合部分は痛々しさを感じさせる。それは、縫合しながら、逆に切り裂かれたことを際立たせている。裁縫においては、努めて縫合部分を隠そうとするが、反対に刺繍は縫合部分すなわち糸をみせる。縫合によって切り口を隠蔽する行為は、切り刻んだことの隠蔽でありながら、逆に傷口をさらけだすことになっている。技法-材料の選択は当を得ている。
 3体の顔を縫合する刺繍糸はまるで血液が流れ落ちるように無造作に垂れ下がっている。なかでも赤色系の糸は流動する体液をイメージさせることで、空間を掻き乱す不穏な振動を有している。伊藤は傷口に仮想の血液を垂れ流すことでみる者の生命的な不安にスウィッチを入れるのだ。
 それは、しかし、生の否定ではない。誰かにかまってほしくて自傷行為をする子どもに、それは似ている。リストカットをする十代の女の子たちが語る「自分の体を傷つけることによって生きていることを実感する」という意識にも通じる。そこにあるのは、死へと向かう目的行為ではなく、生きることの手段としての行為である。

 裏返しにした顔や複数の顔は「何か」を隠蔽していることを暗示し、人形へと投射した作家自身のペルソナを捉えどころのないものにする。「何か」を言いかけながら、しかし意味深な態度でみる者を惑わすこととなる。顔を裏返しにされた《mask girl》3体のうち中央の人形は目や口元あたりを中心的に黒やピンクの刺繍糸で装飾され、口元にあたる部分からはピンクの刺繍糸がダラリと垂れ下がっている。これは作品化されてもなお昇華されきれていない吐血にも似た作家の叫びというべきだろうか。「秘め事」というタイトルが思い浮かぶが、しかし、その解釈として、これは、いささか陳腐にすぎる。
 伝えようと意志するとき、それに成功しようと失敗しようと、伝えようとすることはすでに「秘め事」ではない。目と口を縫合された人形は、自他の「秘め事」に対して閉ざされながら、しかし、閉ざされることで「秘め事」の存在を指し示している。ギャラリー中央に設置されたドールハウスは、断熱の目的で建築に使用される発泡ウレタンが注入され、煙突や窓から溢れ出ている。こうして内部を充填し、充填することで内部を隠蔽すると同時に外部化する。すなわち、外部が内部へと転換されることとなる。「秘め事」にまつわるアイロニーを、このドールハウスは物語っているようだ。


B

 伊藤の異様なまでに伝えようとする行為は暴露と隠蔽、生と死を繰り返し、他者との関係の共振によって彼女の真意は空中分解する。切り口や内外の転換によって開かれた「新たな」造型は、瞬間的にではあるがどこにも属さないことを可能にする。空中分解し、宙づりとなったカケラは他者の目に触れることにより、ゆっくりと落下しながら生の証しへと近づいていく。

 彼女の「秘め事」がどのようなものであれ、わたしには興味はない。関心があるのは、「秘め事」ならざる作品だけだ。(浦野依奴)


2009年4月9日?19日 (15日は休廊)
switch point
http://www.switch-point.com/

A=《mask girl #1 #2 #3》2009年 人形、刺繍糸
右から順に h27×w12×d11 / h28×w18×d5 / h23×w8×d5(cm)
B=《untitled》2008年 ドールハウス、発泡ウレタン、スタイロフォーム
h157×w70×d70(cm)
撮影:加藤健

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