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2009年07月24日
「にんげんていいな」展

山本現代において「にんげんていいな」展が開催されている。“お騒がせ”ユニットのChim↑Pomの無人島プロダクション漂流企画の第二弾である。

「にんげんていいな」ときくと、テレビで放送されていた「まんが日本昔ばなし」のエンディングテーマソング「にんげんっていいな」を思い出すひともいることだろう。幼稚園の運動会の音楽によく使われており、おそらく彼らはその“どストライク”の世代だろう。そんな幼児体験を彷彿とさせる“かわいらしい”展覧会タイトルのもとに展開されているのは「宅飲み」が終わり、迎えた朝に見る、空き瓶や空き缶が散乱し食べ物を食い散らかしてある無残な光景だ。

会場中央にはテーブルの役割を果たしている台座やソファー、テレビ数台が配置され、どこかの家で行われた宴のあとの無残な姿を再現している。会場の床と台座の上には主に樹脂で作られた食品サンプルのぐちゃぐちゃになったケーキやスパゲッティ、スナック菓子、チキンライスの米粒、こぼれた赤ワイン、ゲロなどが宴会の残骸(痕跡)として展示されている。

食品サンプル以外では無数のタバコの吸殻をちりばめた観葉植物や、数箱の発泡スチロール箱のなかにワインの空き瓶を無造作に積み重ね、その空き瓶の間からワインに見立てた赤い液体をストローの先から勢いなくしょろしょろと流している液体循環装置があり、それはまるで体内の管の一部が外部にさらされ、そこから体液が漏れ出しているかのような生理的錯覚を与える。刃物を突き刺して血糊をつけたくまのぬいぐるみ、バットがつきささっているブラウン管や、ネクタイを頭にまいた石膏像(目の前にはゲロ)も置いてある。

スタイリッシュでありギャラリーとしては広い空間をもつ山本現代で、乱雑さを演出し、作品で埋め尽くすことは相当な困難を要したことと思われ、通常の家にはなさそうに思われる石膏像や自宅飲みの文脈からはずれるブラウン管やぬいぐるみに細工した作品(この2点はむしろ家庭内暴力の隠喩として使用されることが多いだろう)はボリュームアップをはかるため“ノリ”でつけたしたのではないかと思わせるようないいかげんさも感じさせる。
さらにホワイトキューヴという空間では“ヨゴレ”を表現しても、なかなか“ヨゴレ”にはなってくれない。しかも樹脂製の食品サンプルはいくら汚く見せようとも汚く見せることが難しい代物だということが今回の展示で明らかにされてしまったように思われる。そればかりか、照明の効果によって、すこし離れてみるとキラキラと輝きを放って、デコラティヴにさえ見えてしまう。ただし、そのデコラティヴに光り輝かせる演出は今回の展示目的のひとつではあっただろう。つまり、案内文にあるように本展覧会趣旨のひとつである「豊かさ」の表現ということもできる。

「宅呑み」が会場で“忠実”に再現されているという設定のもと、狂乱模様の宴会の様子が《kurukuru Party》という映像作品に収められ、数台のモニターに映し出されている。映像の内容は、Chim↑Pomリーダーの卯城竜太の“ケツの穴にぶっこんだ”花火を壁に向かって発射して壁紙を焼け焦がす――蔡國強の火薬パフォーマンスのパロディとも思わせる――花火パフォーマンスを行ったり、彼らが《こっくりさんタトゥー》と呼んでいる刺青をメンバーのひとりである水野俊紀の背中に施す様子が映し出されている。タトゥーは、「こっくりさん」の霊力にまかせて腕を動かして描かれた線をタトゥーマシンで彫っていくもので、水野の背中にはそのほかにユニット名である「Chim↑Pom」のロゴが“まとも”に彫られている以外は鳥居のマーク、「うんこ」や「三浦和義」などの文字がまるで便所の落書きの体で彫られている。また宴会芸のライターを使った火吹きを人に向けて行い、髪の毛に引火した相手が床にのたうちまわり、鎮火したあと、やけどをした相手の頭を冷やそうと小便をかける、といった常軌を逸した行為が延々と続く。

数台のモニターから流れる大音量の中、これらの映像やインスタレーションを見ている観客のかたわらにある厨子風に設えた小部屋のなかで、メンバーの稲岡求が座禅をしている。彼は「即身仏」になるべく、会期中、「命に危険の及ばない範囲」で絶食しているそうだ。裸で腰のまわりに布のようなものを一枚掛けた状態である。これは、再び展覧会案内文によると映像に見られるような「飽食-享楽」の対極として「飢餓-悟り」を表現しているそうだが、ギャラリー周辺の天現寺や光林寺といった寺院の存在を思わせ、一連の行為に「単純/純粋」さをもたらしている。「ちかくに寺多いし、即身仏よくね?」的な会話をメンバーがしたのだろうと観客に想像させることを含め、仏の前に小銭の入ったお椀を置いていたり、瞑想中にもかかわらず話しかけるときさくに応えたりと随所にツッコミ所が満載だが、ここにこそChim↑Pomの世界があるといえるだろう。

こうした“短絡的”なパロディーの実践は、まさしくChim↑Pomの特徴である。前述した花火パフォーマンスも、昨年、広島市現代美術館において Chim↑Pom展が自粛中止となったのと同時期に同館主催のヒロシマ賞を受賞した蔡國強を意識してのことだろうし、また、ギャラリーの片隅にある《日本の中心》と題された写真作品では、メンバーのエリィが黒塗りの車から優雅に手を振っており、それはまるで皇室写真を連想させ、彼らの師である会田誠の方法論的影響をみてとることができる。このように観客が容易に想定できる範囲内の彼らの行為は、連想ゲームのように関連する出来事が次々と瞬時に頭に浮かび、いやがおうにも彼らの思考回路に踏み込むこととなるのだ。

以上を踏まえて、あらためてギャラリーの中心に位置する食品サンプルおよび台座に眼をむけてみることにしよう。

高山宏の「「卓」のメタファー」(『ガラスのような幸福』所収 五柳書院 1994)によると「テーブルは、混沌を構造化・秩序化する一文化の身振りのこの上ない象徴」であり、「集め、秩序化するとは、即ちこれは権力の構造そのもの」だという。そうだとすれば、Chim↑Pomは「無秩序」な光景を展示という目的のもとに、敢えて「秩序」の場に配置したということができる。本来ならば、食べ散らかした痕跡を示す食品サンプルは、権力とは対極にある個人的行為の産物であり、テーブルの下で――秩序の場の裏側で――展開される「混沌」とした状況に属しているはずだ。それをテーブル上に展開させることで、世界の反転を試みている。
そもそも「見せる」ということは一種の「権力」を誇示する行為であり、ギャラリー空間自体が「テーブルの上=権力構造」であるとも言え、その構造からは逃れられない。つまり、権力を押しやりながら、一方であらたな権力構造を生み出しており、その構造はダブルになっているということができる。彼らは「無秩序」を表現しながらも、無意識に「権力構造」と呼応している。作品から受ける反社会的ともいえる態度は、逆にそれらを色濃く映し出し、彼らと表裏一体となる。ミイラ取りがミイラになる危険を抱えながら、しかし、おそらくミイラになったとしても彼らはそのさまを記録し続けることだろう。

世界が単純に見えた幼少時代、「にんげんていいな」と疑いもなく肯定できた時代を経過した現在、当時と同じままの“疑いのなさ”は思いがけない原動力を持つと同時に危険をも孕んでいる。まるで成長過程の子どもが大人の「真似」をして「生きる」ように、彼ら/彼女らは影響を受けたものを自分自身のフィルターを通し、“愚直”に具現化する。愚直であるからこそ、差異を生じざるを得ず、周囲を震撼させることとなる。
彼らは「楽しさ、面白さ」を制作活動の原動力として、社会通念としての「美術」に抗いながらも「利用」している。この美術を「利用」するということは美術批評を書く行為と変わらないといえるだろう。デコラティヴな樹脂製の食品サンプルにみられるように彼らは卑俗なレベルにおける「美術」的なるものを提示することによって「美術」を脱構築していく。彼らにとって表現の媒体はおそらく「美術」でなくてもかまわないはずなのだ。しかし同時に「美術」でもいいのだろう。
脱構築がうまくいくかどうかは、今後の彼らの仕事次第だが、このような行為は無謀であり、荒業であるからこそ、破綻も目に付きやすい。しかし、その破綻はその都度、社会との関係性を再検証するものであり、逆に破綻がなくなったらその瞬間にChim↑Pomではなくなる。

今回の展覧会開催と並行してギャラリーブログが開設された。そこには日に日に痩せ細っていく稲岡の姿が記録公開されている。それは、彼らの活動が“美術”であるかのごとくにみえるように、“ふざけている”かのようにみえるだけだ。
(浦野依奴)

山本現代(collaborated by 無人島プロダクション)  2009年6月27日~7月25日
http://www.yamamotogendai.org/

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